background

ウェブ連載「日本人の流儀」

松本栄文 × 熊井英水

web_face

熊井 英水(くまい ひでみ)

水産学者・学校法人近畿大学本部理事。農学博士。
約半世紀にわたり、一貫して魚類養殖に携わり、数々の海産魚の完全養殖に成功した水産学の第一人者。世界初クロマグロの完全養殖成功についてはNHK番組『プロジェクトX』でも放送された。

松本「なぜ私がこの連載に熊井先生に登場いただいたかと言うと、その心意気の中にある“美意識”に注目したからです。海の魚といえば、獲ることが漁業だと思います。しかし、資源が無限ではない以上、獲り続けていればいつかはなくなってしまう。そこで近畿大学の精神にある、“海を耕す”ということが出てくる。非常に日本人的な発想だと思うんです。しかも先生は養殖不可能と言われたクロマグロの養殖に取り組んでおられる。なぜ、クロマグロなのか? その心意気について伺えればと思っています。さて、まず先生に伺いたいのは、先ほど申し上げた“海を耕す”ということ。これは、どういう意味なんでしょう?」

熊井「魚の養殖には、淡水魚と海水魚の2種類があります。そのうち淡水魚の養殖は、例えば中国では何千年という歴史がある。日本でも二条城の南にある神泉苑は千年以上の歴史を持っています。それに対し、海水魚は長い間、獲るものだった。でも、先ほど松本さんがおっしゃったように、獲り続けていたら、いつかはなくなってしまうんです。だから海水魚も養殖しなければならない、という発想。この考えに至ったのが、近畿大学の初代総長世耕弘一でした。終戦直後のことです。そして昭和24年に白浜水産実験所を作った。これはおそらく終戦からしばらくすれば、日本の人口は増えていくだろうと予測した。すると陸上の食料だけでは足らなくなる。だから海を耕し、海の生産性を上げなければいけないと考えたわけです」

sample

松本「海水魚の養殖ではハマチやブリが有名ですよね。これは育てやすいということなんでしょうか?」

熊井「当時は今と違って、稚魚は天然のものを使う。すると、それをいかに確保するかということになる。ひとつひとつクリアしていったんですよ。卵の確保の仕方、稚魚の養殖の仕方…例えば餌はどうすればいいか、とか」

松本「昔はどうやって稚魚を輸送したんでしょうね?」

熊井「それが問題でね。昔も今もそうですが、船底に穴を開けて、活魚艙を作るんです。そこに稚魚を入れるのですが、ただ船を進ませると新しい水が入ってこない。だからそこに竹の筒を差して、潮を変えるようにするんですよ」

松本「そこまでいくと、人間の意地を感じますね」

熊井「今ならポンプですが、ないですからね。当時は」

松本「先生は長野県塩尻のご出身ですよね。長野には海がありません。どういう経緯で魚に興味を持つようになられたのでしょう?」

熊井「生き物に興味があったんです。印象的なのは、高校のときにやったプランクトンの研究。池という池からプランクトンを集め、ミジンコはどういう一生を過ごしているのかを勉強した」

松本「そして大学に行って魚をやることになるんですね。まぁ、プランクトンは魚の餌になりますから、つながっていないこともないですね(笑)。でも、普通魚の生態を研究するとなると、“いかにして魚を獲るか”ということに進むと思うのですが、そうではなかった。なぜ増殖のほうに進まれたのでしょうか?」

熊井「そういうことが好きだった、と答えるしかありません。でも、それが一番ですよね。興味がなかったら行きませんよ。ミジンコがどうやったら増えるのか。その繁殖過程に興味があって、ではそれが魚だったらどうか、ということです」

松本「大学を卒業されて、最初に担当されたのは?」

熊井「最初から海水魚です。昭和33年に近畿大学に入ったのですが、配属された白浜の研究所に4メートル四方のいけすを作り、そこで餌を変えることをやりました。そこでハマチから始まって。イシダイ、シマアジ、カンパチとなっていく」

松本「みんな個性が違いますよね。もともと住んでいる水域も違えば、水温も違う。いろんな問題があったかと思うんです。それでも増殖をやってみようというのは、すごいチャレンジですよね」

熊井「いつもチャレンジですよ。例えばタイは成長が遅い。ハマチは3年も育てれば5kgになるけど、タイは1kgにするのに3年かかる。それを遺伝子的に淘汰して、成長のいいやつだけを選んで子どもを作ってということ繰り返すことで、1年半で1kgになるタイを作った。今、日本全土で養殖されているタイの大元を作ったのは近畿大学。そういうことをやってきているわけです。そして最後に残ったのが、マグロなんですよ」

松本「ハマチの回遊魚としての性格。タイを早く成長させること。魚が生きていくための水温。そういったものひとつひとつに真摯に向き合い、何十年分のデータを蓄積してきたところで、完全養殖が難しいとされるマグロに入ったわけですね」

熊井「マグロといっても8種類います。その中でなぜクロマグロかと言えば、もちろん、おいしいということもありますが、やはり経済性です。キハダマグロやビンチョウマグロがいっぱいできても、安い。それでは養殖の経済ということを考えたとき、合わないんです。では、どのマグロだったら合うかといえば、クロマグロだった」

松本「マグロも成長する速度というのは違うんですか」

熊井「魚の寿命というのは、うろこを見るとある程度はわかる。過去のデータを見ると、20〜25年くらいと言われています。私がしてきたことで言えば、初めて養殖の卵が生まれたのが昭和58年。その中で何匹か、ずっと飼ってみたんです。すると20年くらい経ったところで、ぼちぼち死にだして、最後の一匹を大事に育てていたら、ある日、死んでいた。23年でした」

松本「養殖魚の寿命を測定するだけで、23年かかるわけですね。マグロの生涯をまとめるといっても、最初から最後まで見届けられる人はそれほどいないかもしれませんね」

熊井「いないですね、確かに。アホか、と思われるかもしれない」

松本「思うに、自然にあるものを獲るだけじゃなく、自然にあるものを常に見て、限りあるものを終わらせちゃいけないと思う。だから養殖をする。…これはとても日本人らしい発想だと思うんです。もちろん、最初は食料の安定確保が目的だったかもしれない。でも、獲り続けちゃいけない、というメッセージでもあるわけですよね。だって日本はマグロを獲りすぎだと世界から批判されたこともあった。でも日本は、獲るだけじゃない。ちゃんと育てているんだ、と。マグロを養殖することで、そういうメッセージを発信できますよね」

熊井「ありがとうございます。海水魚の養殖というのは、忍耐なんですよ。もちろん、そのためには経済的な裏付けも必要です。例えばマグロの養殖をやるのなら、その前にハマチを作って、それを売って資金にしようという発想ですね。ただし、この発想を実現するには時間がかかる。そういう意味で忍耐が必要だと」

松本「でも、日本人なら大丈夫じゃないか、という思いがあります。武士だし、寒いところにも耐えられるし。そういう我慢強さがあるからこそ、途方もないチャレンジができるんでしょうね」

熊井「これは教え子の話です。彼がスペインで養殖を始めたんです。それでようやく稚魚ができたと思ったら、バカンスシーズンになってしまった。すると、みんな休んじゃうんですよ。ですから日本人の忍耐強さ、継続する意思。それはまさに日本人の美だと思うんですよね」

松本「お話を伺って思ったのは、まずは自然の当たり前にある風景に、興味を持つことの大切さがひとつ。次に生き物の生態を知り、そして獲り続ければなくなってしまうんだという、着眼点を持つ事がふたつめ。そして最後に忍耐力。すぐに結果が出る事ではなくとも、チャレンジし続ける忍耐力の強さ。これがまさに日本人らしい発想だと思いました。狩猟民族とは違う、近畿大学の言うところの“海を耕す”という発想につながっていますよね。さて、最後の質問です。日本にとって、海とはどんな存在でしょう?」

熊井「日本の国土は狭い。だけど、海は広い。日本ほど海に囲まれた国は、そうはありません。だからこそ海を大事に、持続的に利用していかなければならない。その意味では海には無限の可能性があると思います。だから、海を汚しちゃいけないんです。いい状態を続ける努力をしなければいけません。海を汚したら、生き物は生きていけませんからね。そういうことをこれからも大事にしなくちゃいけないと思っています」

top