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ウェブ連載「日本人の流儀」

松本栄文 × 寺田 豊

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寺田 豊(てらだ ゆたか)

京絞り親方職。フランス「バガテル城美術館」(1994‘招待出品)、同「国立ギメ美術館」(1996‘買上)など京都を拠点に海外交流を盛んに努める。歌舞伎俳優の中村芝雀の「人魚の恋椿」の衣装を2007年に制作し、「京都絞工芸展」(2008)で京都府知事賞と近畿経済産業局長賞を受賞。「京都市文化博物館」の依頼により源氏物語千年紀「夢浮橋」の几帳を作成した。

松本「今回は日本の美しい染織技術を語る上で欠かすことのできない「絞り染め」について、「京絞り寺田」主宰の寺田豊さんに伺いたいと思います。そもそも「絞り染め」といいますと、着物の中でも最高級に君臨するイメージがあります。中でも「京の総絞り」というのは緻密で印象的なものですよね。そもそも「絞り染め」とはいつ頃はじまり、どのように発展してきたのでしょうか。」

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寺田「まず、絞り染めの原点というものは、平な素材を手でつかんで、泥につけたらシワができて、ムラができて染まる。それが「絞り染め」です。実に原始的な手法なので、世界中で自然発生的に生まれたものなんですね。日本にはインドから入ってきたと言われていますが、個人的には、日本でも自然発生的に生まれたんじゃないかと思っています。」

松本「インドからの伝来技術というのはビックリしましたけど、それはいつ頃に定着したのでしょうか。」

寺田「一般的には明治以降ですね。だから今に伝わる技法というのは比較的新しいもんなんです。もちろん、それまでにも古典技法というものはありましたが、明治以降により多くの技法が生まれたんですね。その中心となったのが京都。明治以降の京都は、織物、焼き物、そして染色を主力産業にしようという気概がありましたからね。」

松本「意外でした。寺田さんが一つの作品をつくるときというのは、どのような工程を経てつくっていくもんなんですか?」

寺田「まずは私が図案を描いて、型に取り、さらに下絵の図案を描いていきます。だいたい6人くらいの職人がかかわりますね。特に最後の仕上げは6人くらいで加工します。すべて手作業ですから、それくらいの人手が必要です。『友禅』などは機械のものもありますが、『絞り染め』の場合、やはり手じゃないとダメなんです。シワとか、陰影を残すということは、手加減じゃないとできない。だからどんなに簡単なものでも、5~6人は必要なものなんですね。」

松本「それだけの人手と時間をかけてつくるのですから…『総絞り』が最高峰に君臨し極めて高価なことが納得できます。日本の絞り染めというのは絞り後のシワを陰影して残していることが何とも特徴的かと思いますが、明治以前からシワは伸ばさなかったんでしょうか。」

寺田「安土桃山時代から江戸時代にかけては、比較的生地は伸ばしていましたね。陰影をしっかりと残すようになったのは、大正末期から昭和初期にかけての話し。その頃、京都の旦那衆が、祇園の芸妓さんに贈った『絞り染め』に松本先生が先ほどからいわれる『総絞り』というとてつもないものが、いくつも残っているんです。」

松本「例えば、今ではつくれないような最高技術というものは、どんなところなんでしょうか?」

寺田「まず一つ一つの絞りの細かさですね。『紋手』というのがありますが、これは着物につく家紋を「絞り」で表現したものです。『一目絞り』という技法を用いるんですが、細かい紋を鹿の子の細かい粒で表現してある。多分細かさという意味では極限というか、最高峰のものができたと思います。そして、それだけ細かい紋ができたから、必然的に他の技法も複雑に発達していくんですね。」

松本「京都の『絞り染め』の特徴をあえて伺いますど、どんな魅力が含まれているもんなんでしょうか?」

寺田「京都もんには五つの特徴があります。まずは絹の生地を絹糸で絞る、本疋田絞り。そして小帽子絞りがふたつめ。これは昔は竹の皮で巻いたのですが、色を染め分ける技法ですね。三つ目は、これは京都ならではの優れたポイントですが、下絵をもとに型にしていく優れた職人がいるということ。そして4つ目は、絞ることと染めることに優れた職人がいること。そして最後は、水です。『絞り染め』は他の染めより水を使いますから、水がすごく重要。不純物が少なく、染色に適した水があったということです。」

松本「絞りの発展・発達の歴史を聞くと、凄く不思議ですね。明治以降の一般的な認識で考えますと、伝統文化の否定を土台に欧米化を築いたと思っておりましたが、絞り染めにおいては全然違った。凄く面白いですね。特に“シワ”の話し。西洋の人から見たら単なるシワも、作品だと強調すれば作品になるところ。そこに、あの横暴的な明治維新の進め方と逆行する価値観が『絞り染め』を貫いた、凄さを感じますね。」

寺田「『絞り染め』というのは、陶芸とある意味同じで、なかなか最初に計算した通りにはならないものなんです。いい意味でも、悪い意味でも、想像していたものと違うものができてしまう。もしかすると、最初はシワを残そうとは思っていなかったのかもしれません。自然に残ってしまったシワ、伸ばしても伸びないシワをそのままにして着てみたら、そこに陰影ができて美しかった…そういうことかもしれません。」

松本「自然発生的に生まれたシワを、誰かが美しいと評価して、ある種の未完成なものに“風景”があると価値を見出だしたんですね。」

寺田「いつの時代でも、ファッションリーダーがいたと思うんですよ。そういう人が、“絞り染めって美しい”という評価をしたんじゃないでしょうか。祇園の芸妓さんだったかもしれないし、高貴な方かもしれないし、お武家のお嬢さんだったかもしれないません。」

松本「なるほど。そうかもしれませんね。例えば絞りで“松”を描くとすると、最初はキン斗雲のような模様を描いて絞りますよね。それを近くで見ても、ただのシワにしか見えない。でも、一歩引いて見てみると、松になる。」

寺田「そういう意識を持てる人が、ファッションリーダーなんでしょうね。そして、評価する人が出てきて、はじめて発展する。お茶の世界でもそうですが、かつて日本には、“モノを見立てる”人がすごくいたんじゃないでしょうか。“数寄者”みたいな。そういう人に評価してもらうことで、“あっ、これがいまの時代に受けるのか”とか、“やっぱりこれは美しい”ということがフィードバックされ、我々の作品が成熟していくんだと思います。」

松本「職人さんは自分で評価できませんものね。」

寺田「絞り染めは完全なる分業ですからね。下絵を描く人、型を作る人、染める人、絞る人…分かれているから、一人の仕事は一部なんです。だから、それをまとめる我々のような立場が必要になってくる。そこを評価してくれる人、もしくは我々すら気づかないことに気づいてくれる人がいることで、やっと成熟していけるんですよ。」

松本「でも今の時代、“数寄者”って、あまり耳にしなくなりましたよね? 」

寺田「先日、京都のある料亭の方とお話していたんです。その方が一番気を使うのは、京都の道具屋さんだ、と。文化的知識の量とレベルが高く、西洋・東洋問わず、色々なことを知っている。例えばお茶の道具について聞けば、茶器のことだけじゃなく、着物のことから、食のことまで、茶に関することがすべて出てくるんだそうです。そして文化レベルの高いところには、同じ文化レベルの人が集う。だから、その道具屋さんを訪れるお偉いさんたちが、その料亭に来ることにもつながるわけです。」

松本「興味深いお話ですね。」

寺田「衣食住すべてそうやと思います。そういうことを教えてくれ、評価してくれる人がいてはじめて、モノをつくる人たちは、自分の意識や技術をさらに高めていけると思うんですよね。これは今の時代にとっても重要なこと。個展などに作品を出すと感じるのですが、自分のレベルなんて知れています。だから、どこか物足りなさを感じてしまう。」

松本「今は評価してくれる人がいない?」

寺田「若かったころ、僕がびっくりしたり、興奮したりするような『絞り染め』を作る方が結構いたんです。でも、そういう方々はこじんまりとやっているので、仕事として続かなくなってしまう。非常にもやもやとするときがありますね。モノはあるから見ることはできても、それがどのように成り立っているのか理解できない。解読しようにも、作った方はもういない…そういう美意識の強い人が減っている事実があるのは確かですね。」

松本「『絞り染め』の美しさについて、もう少し聞かせてください。一見絞りは細かいものがいっぱい絞られていますよね。単調になりそうなんですが、そうはならない。そこにはどんな工夫が隠されているのでしょうか?」

寺田「着物を一枚のキャンパスとしたとき、一番考えるのは空間です。もちろん技法とか色合いとか立体感も考えますけど、一番考えるのは空間。そこを全体の中でどう捉えるかが大事なんです。かけておくときの見え方、人が纏ったときの見え方…そのとき、どういう空間が出てくるかを一番意識しますね。」

松本「私が偉そうに語れませんが、優れた作家さんの作品には“物”としての存在を越え、その前後に含まれる風景だったり、その人がどういう風に着て、どういう風に行動するかもトータルで考えられているのだと思うんです。」

寺田「松本先生がおっしゃる通りで、それは重要なことですね。だから、『絞り染め』のある様々な風景を思い描きながらつくることが大事なんです。」

松本「そうしたときに思うのが、着物の着方の難しさですね。洋服は組み合わせが完成されているじゃないですか。でも着物の場合、わざわざ組み合わせを個々に考えないと成立しない。なぜ日本人は組み合わせの厄介なものを考えたんでしょうね。」

寺田「特に素材を合わせるのが難しい。でもそれって結構…妄想の世界かもしれないけど…味覚に近い気もします。苦々しいとか、生理的に受け付けないってことがありますよね。教わったわけじゃないのに。そういう感覚を持ちながら、その感覚を醸成していったのかもしれませんね。」

松本「日本は狭いし、自然もいっぱいあるし、職人さんも意外と点在してる。だから育ってきた中で、みなさん、そういう感覚を育てているのかもしれません。」

寺田「例えば土でも砂でも粘土でも触りますよね。粘土には粘土の柔らかさがあって、砂には砂の柔らかさがある。湿った砂はまた違うということを体感する。そういうことを幼いときからきちんと経験していると、例えばこんな荒々しい紬にこんな帯をしたらおかしいということが、何となくわかってくるんじゃないでしょうか。ときには我々が驚くような着こなしをされている方も見かけます。でも、そこにも着こなしはあるんです。そもそも経済的な理由があるのかもしれません。安いものじゃありませんから。それを知恵で乗り越えようとするとき、想像力がかきたてられ、オリジナリティが生まれてくるのかもしれません。」

松本「その人なりの世界観を表現していくということですね。」

寺田「今の時代であれば、インターネットや雑誌など様々な情報を得ることで、自分の目指すべきファッションリーダーを作ると思うんですよ。その人の考え方とか色の合わせ方を参考にしていく。だから現代においてもファッションリーダーと呼ばれる人がとても大事なんですよね。」

松本「やっぱり日本人は身近にあるものでも、色んなものを良いか悪いか、常に考えてるんですね。そして成長の過程の中で、物を見極める観察眼を育てている。」

寺田「常に考えているし、常に色んなことを選択している。“物があふれている”とよく言うけど、それだけ選別しているわけだからね。」

松本「では最後にもう一つ。日本人は、なぜシワを愛したのでしょうかね?」

寺田「シワがないと、陰影というか…深みがなくなりますよね。だから私が表現したい絞りは、色をただ重ねるのではなく、影を重ねていくことで生まれる奥行き。つまりモノクロによる表現ですね。カラーできれいに全部見えるというのも素敵ですけど、モノクロで色を想像するっていうことがあるじゃないですか。一見単調やけど、実はその中で色が微妙に変化している。絞りというのも単彩やけど、影があることによって立体感が生まれる。その立体感がある故に、例えば松を描いても自然界のものにすごく近いものに見えたりするのです。まぁ、そういうところが自分は好きですし、自然に伝わっていることかな、という気がします。」

松本「自然界の空気感をまとうということ。それが影の存在だったり、色の余韻の部分だったり、ぼかしの部分もそうなんでしょうね。やっぱりその空気感を表現するというのが一番のポイントなのかな…そう考えると、やっぱり日本人は自然が大好きですね。」

寺田「(笑)自然大好き。自然との係わり合いの中で、自分の立ち位置を見直し、恵みを感じることがあるんですよね。それと共通するものを『絞り染め』の中に感じてくれているのかもしれないですね。」

松本「改めて日本人の心には“自然”があること再認識したお話でした。有難うございました。」

寺田「こちらこそ有難うございました(笑)」

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