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会誌: 月刊『佐原だより』8月号の連載アーカイブス(佐原商工会議所)転載

佐原商工会議所が発行されます会誌『佐原だより』にて、昨年一年間でありますが連載「美しい佐原風景」を掲載しておりました。記事を転載致しますので、是非御拝読頂ければと思います。

=========================================================== 夏真っ盛りのなか佐原の大祭(祇園祭)も盛大に終え、続く秋の大祭(諏訪祭)に心弾ませる今日この頃でございます。私もすっかり佐原囃子の音色を耳にしますと、ついつい音を追ってしまうものであります。今年は雨が少なく、猛暑の連日でございますが、こんな夏だからこそ火照ったカラダの体温を下げてくれる「茄子」が恋しくなるものであります。

夏の7-10月に採れる野菜というのは、極めて限られるものでありまして、次々と収穫することのできる茄子は古くから重宝されてきました。そもそも茄子とは、インド原産の果菜でして栽培起源は不明となっておりますが、中国最古に農業書『斉民要術』(6世紀)には茄子の栽培法が記されておりました。日本への伝来は、飛鳥時代に遣隋使が持ち帰ったものと考えられていますが、いくつもの諸説があり謎でございます。しかし奈良時代、平城京に住む天武天皇の孫である長屋王の屋敷跡から出土した木簡には、「加須津(カスツ)韓(ケカ)奈須比(ナスヒ)」と「奈須比=茄子」の文字がみられたことや、東大寺の『正倉院文書』に「藍園進上-茄子伍斗」と記されていたなど、奈良時代では既に食用していたことが伺えます。平安時代の宮中作法が書かれている『延喜式』でも、「大膳職」の項に、茄子の「醤漬」や「味噌漬」、「粕漬」などが記されておりました。茄子は93%以上が水分でありまして、実に日持ちのしない野菜でありますから、古くより漬物にして食してきたものです。江戸の町衆では「なにも-なすびの-香のもの」という諺よく口にしておりまして、「茄子の漬物ぐらいは御出しできますので、いつでも家に遊びに来て下さい」というもてなし言葉の一つでございます。また、「一富士、二鷹、三茄子」の諺も著名でございます。これは、徳川家康が好んだものの順だと考えられておりまして、駿河国といえば日本一大きな富士山、そして鷹狩りを好み、茄子は「○○を成す」に通じることから、初夢に出ると実に縁起が良いとされてきたものであります。

佐原の祇園祭に次いで、秋の諏訪祭も盛大に催されることによって、「佐原の祭魂からいち早く復興を茄子―成す」という願いを込めた駄洒落で今月は〆たいと思います。

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